ミトコンドリアDNA(mtDNA)がその複製と維持の機構の障害のために減少し、細胞の機能障害を招く疾患群をmtDNA維持障害(mitochondrial DNA maintenance defect) とよぶ(Viscomi, 2017)。その多くは核遺伝子異常に起因するが、成人発症の慢性進行性外眼筋麻痺(CPEO)を主とする脳筋型ではmtDNAに多発性欠失が見られるものが多い。運動発達遅延、ミオパチー、呼吸障害などを示すことが多く、肝脳型では肝障害、精神発達遅滞などを示しやすい。いずれにもまれな疾患が多数分類されているが、ここでは代表的な疾患について述べる。
四肢の筋力低下とCPEO があり、くわえて失調、難聴、パーキンソン症状、末梢神経障害および精神障害(気分障害など)が見られる。筋病理所見として ragged red fiber や 低 COX 活性線維をみる。通常 mtDNA の多重欠失をみとめる。核DNAのSLC25A4, TWNK, POLG, RRM2B, DNA2およびRRM2B に変異が発見されているが、SLC25A4 は adenine nucleotide translocator 1(ANT1) を、また TWNK はmitochondrial DNA and RNA helicase(Twinkle ) をコードしておりmitDNA の複製・修復に関与している。
CPEOに一部の例で失調症などが合併している。核遺伝子であるSLC25A4, POLG, MGME1, RNASEH1, TK2, MPV17, SPG7 および AFG3L2 の変異とともにmtDNA の多重欠失が報告されている。
MNGIEは消化管運動障害、末梢神経障害に外眼筋麻痺や白質脳症を伴うもので(Hirano, 1994)、チミジンを分解する thymidine phosphorylase の欠損のため(Hirano, 1998)、ミトコンドリア内でチミジンを分解する経路である thymidine kinase 2 に過重な負担がかかり、ミトコンドリア内のヌクレオチド代謝が攪乱されるためにmtDNA 合成が障害されると推定されている(Nishino, 1999)。末梢神経、小腸、大脳白質などにチミジンの蓄積が見られる。
乳幼児に出現し、てんかん、脳症(精神運動退行)、肝障害を主徴とする Alpers-Huttenlocher 症候群は、核染色体(15q)にあるPOLG遺伝子の変異により起きる。この遺伝子がコードするDNA polymerase gamma はmtDNA の複製と修復を行うため、その変異によりmtDNA に変異、欠失、量的減少が起きる。常染色体劣性遺伝形式をとる。しかし、POLG遺伝子異常はAlpers 症候群以外に、重症から軽症にわたる多数の病態の責任遺伝子異常であることが知られている。
狭義のMTDS ではmtDNA 量が減少するが、残存するmtDNAに欠失や変異などの異常は見られない。このような例に多数の核遺伝子異常ががいとうするが、いずれも常染色体性劣性遺伝を示す。以下の3病型に分類して述べる。
ミオパチー型は新生児・乳幼児に起き、出生時から筋力低下、筋緊張低下、多関節拘縮が見られることが多い。外眼筋麻痺や呼吸筋麻痺も伴うことがある。症状と筋病理のいずれについても症例により差が大きい。筋では重症例でジストロフィー様変化が見られることがある。ミトコンドリア脳筋症では通常見られない高CK血症を伴うことがあることも診断上重要である。核遺伝子SLC25A4, RRM2B,および TK2の変異が報告されている。
脳筋症型として核遺伝子ATP-dependent succinyl-CoA ligase subunit(SUCLA2) とGTP-dependent succinyl-CoA ligase subunit(SUCLG1) の変異によるものがある。前者は高乳酸血症、筋緊張低下、てんかん、関節拘縮などをみとめるが、後者はより重症で強い異形性を伴って出生当日に乳酸アシドーシス死亡することが多い。
肝脳症型では乳幼児が嘔吐を繰り返し、発育不良となり、筋緊張低下をみとめる。肝障害を伴い、肝細胞の病理で変性を見るとともにmtDNA の減少が報告されている。ミトコンドリア deoxyguanosine kinase をコードする遺伝子DGUOK の変異や、機能が不明のミトコンドリア内膜に存在する蛋白をコードする遺伝子MPV17 の変異が報告されている。