ミトコンドリアは真核生物の細胞中で好気性エネルギー産生にかかわっている。具体的には細胞質で行われた解糖系でえられたピルビン酸を取り込み、クエン酸回路を介してミトコンドリア内膜の5つの呼吸鎖酵素複合体(電子伝達系)の作用でATPを産生する。また細胞質の脂肪酸はミトコンドリア外膜で活性化され、アシルCoAとしてカルニチンシャトルにより内膜を通過し、マトリックスでβ酸化の過程を経てアセチルCoAとなり、クエン酸回路をへて電子伝達系に入る。
ミトコンドリアにはミトコンドリアDNAが存在し、核DNAとともにミトコンドリア内の酵素をはじめとする蛋白合成にかかわっている。ミトコノドリアDNAの構造は細菌などのそれに似ていて、短く、転写の仕方も単純である。ヒトのミトコンドリアは約16Kbのサイズで37の遺伝子を含んでいる。一つのミトコンドリアには2から10のDNAがあり、それらが同一のDNAではないこともある。さらに一つの細胞には複数のミトコンドリアが存在するので、ヘテロプラスミー(異質なミトコンドリアの共存状態)が普通になっている。また精子にはミトコンドリアはなく、胎児のミトコンドリアは卵子に由来することから、ミトコンドリア遺伝子異常の母性遺伝が一部の疾患に見られる。
ミトコンドリア遺伝子異常および一部に核遺伝子の異常によるミトコンドリア脳筋症が多数知られている。主な病型を表にまとめ、以下代表的のものについて述べる(Tab.2)。
Tab.2
ミトコンドリア病(脳筋症)の主な病型
眼球運動障害と眼瞼下垂をきたす慢性進行性外眼筋麻痺(choronic progressive external ophthalmolegia:CPEO)は本来症候名であるが、ミトコンドリア脳筋症にしばしば見られ、その一病型名となっている。CPEOが単独で起きることもあるが、CPEOが症状の中核で、他の臓器障害をともなうのはKearns-Sayre 症候群 (KSS) とよばれ、難聴、網膜色素変性、知能障害、小脳失調、心伝導障害、糖尿病などをともなう。乳幼児期に鉄芽球性貧血と膵外分泌不全で発症する例(Pearson 症候群)も知られている。
CPEO例の過半数、KSSの大多数でみられるのはミトコンドリアDNAの欠失で、その多くは一種類の欠失DNAが正常DNAと混在する単一欠失の状態だが、一部に多種類の欠失DNAが混在する多重欠失例がある。後者はDNAの複製や修復にかかわる変異をともなうものと推定されている。またPOLG1遺伝子のように核DNA異常にともなうCPEO例が報告されている。
筋病理学的には ragged red fiber がみられ、cytochrome C oxidase(COX)活性の低い線維が散在する(Fig.30)。Ragged red fiber のCOX活性は高いものから低いものまで多様である。電子顕微鏡では変形したミトコンドリア内に結晶様封入体が観察される (Fig.31)。
Fig.30
Kearns-Sayre 症候群:外眼筋麻痺と失調性歩行の患者で、MRIは小脳萎縮を示し、筋には ragged red fibre(矢印)とcytochrome C oxidase 活性の低い線維 (星印)が見られた。
Ragged red fibre のCOX活性は高いものから低いものまで多様である。電子顕微鏡では変形したミトコンドリア内に結晶様封入体が観察される (Fig.29)。
Fig.31
筋内ミトコンドリアにはしばしば形態の異常と結晶様封入体が観察される。