① 固定

病理解剖症例の脳は、脳全体をそのまま固定液に入れて固定する(浸漬固定)。浸漬固定は固定液が脳の中心部までに浸透するのに時間がかかるため、固定される前に脳深部が自己融解することがある。したがって、脳深部まで固定液をなるべく早く浸透させて自己融解を防ぐことが重要である。今回は、脳組織全面が固定液とよく触れ合い脳深部まで均一に固定する手技を紹介する。

方法

  • 脳全体を10%中性緩衝ホルマリン液に入れて10日間から2週間固定する。
  • 脳をスライスしてから固定すると、固定後の割面が凸凹になるため、スライスせずに脳全体をそのまま固定する。
  • 脳は柔らかい臓器であるため、容器の底に沈めると変形してしまう。そこで、脳の表面が固定容器の底に密着しないように脳を固定液の中に吊り下げる。
  • 脳底動脈の1箇所をタコ糸で縛り容器にくくりつけると吊り下げることができる。この際、タコ糸を強く引きすぎて組織の一部が固定液の外に飛び出ないように気をつける。
  • 固定液は組織液によって薄まるため固定液が少ないと充分効果を発揮することができない。脳の体積の約20倍の固定液を用いる。
  • 最初の数日間は固定液が組織液によって薄まるので何回か新しい液に取り替える。
  • シェイカーで攪拌しながら固定する。攪拌することで組織内への固定液の浸透が促進される。
  • 組織と容器との間にガーゼやペーパータオルなどをはさむ。これにより組織と容器が密着して固定液の浸透が阻害されることを防ぐ。
  • 固定後の脳の割面が均一な黄色ならば、固定液が内部まで浸透し固定されている。もし、割面が赤みを帯びている場合は固定が不足しているので、脳を切り出した状態で一晩固定液に入れ追加固定する。
  • 固定液が脳深部に浸透するように組織に割を入れる。割を入れる部位は脳梁、側頭葉極と前頭葉底部の境目、小脳と脳幹の境目の三箇所が効果的である。割を入れることで、固定液が脳室やシルヴィウス裂の内部に入り脳深部の基底核や島回までしっかりと固定することができる。

具体的な割の入れ方

  • 側脳室に固定液を浸透させる目的で、脳梁をメスで鋭的に刺し1〜2cmのスリットを入れる。この際、脳梁の膝部および膨大部を避けて真ん中あたりを刺すと側脳室にメスが貫通する。
  • シルヴィウス裂に固定液を浸透させる目的で、側頭葉極と前頭葉底部の境目のクモ膜を剥離する。特に脳底部のクモ膜が肥厚している場合は効果的である。この部位には、中大脳動脈が走行しているので、中大脳動脈を露出させる要領でクモ膜を剥離すると良い。
  • 脳底部、小脳上面および脳幹被蓋部に固定液を浸透させる目的で、小脳テント側にある小脳と脳幹との境目のクモ膜にメスでスリットを入れる。この際、小脳を手で持ち上げると脳幹との境目が見やすくなる。

固定の状態と染色性

固定の状態が不足していても過剰であっても染色性に影響がある。固定不良の場合、染色標本から検出される構造物は、生前の状態のみならず死後変化を反映すると考えられる。

  • 固定ムラがある大脳前額断。外側は黄色で内側が赤いため、表面が固定され内側は固定不良であることがわかる。
  • 固定不良の場合、組織全体の染色性が不良となりHE染色ではヘマトキシリンの色が出ない。神経細胞は細胞質と細胞核が赤く染まり虚血性変化のように見える。
  • 固定不良の小脳。小脳の中で顆粒細胞層は他の部位と比較して死後変化が著しいことが知られている。そのため、固定不良の場合、小脳顆粒細胞層が選択的に自己融解する。
  • 自己融解した部位が白っぽく見える。
  • 固定不良の小脳のHE染色標本。小脳顆粒細胞層の神経細胞はまばらで核はヘマトキシリンの青色に染まらず、空隙が目立つ。
  • パーキンソン病検体の延髄背側からレビー小体を検出するためにリン酸化αシヌクレイン免疫染色した。同一検体を異なる固定期間で固定し染色結果を比較した。上の写真は1ヶ月固定、下の写真は3年間固定。3年間固定することで抗原は失活したと考えられる。