上に述べたように、筋ジストロフィーは遺伝的な原因でおこる進行性のミオパチーです。遺伝的というのは、親から子供に必ず遺伝するという意味ではありません。もっと広く、遺伝子の異常が病気の発生に関与しているという意味で、遺伝性というより遺伝子の異常、言い換えればDNA の異常が病気の発生に関与していることを意味しています。進行性というのは相対的なもので、個人差がありますので、次の先天性ミオパチーの一部の病気でも見られる進行といつも区別ができるわけではありません。先天性ミオパチーも同じく遺伝的な原因で起こりますが、筋ジストロフィーよりも進行性がめだたない病気がこの中に分類されています。
代謝性ミオパチーは筋が何らかの代謝障害によって障害を受ける状態をいいます。その代謝障害には、糖代謝や脂肪代謝にかかわる酵素の先天的異常や、ミトコンドリアDNA の異常など、遺伝的な代謝障害があり、これらは代謝性の先天性ミオパチーともいえるグループです。その他に遺伝的な要素が無い、甲状腺や副腎などの内分泌疾患によって引き起こされる非遺伝性のミオパチーもあります。非遺伝性のミオパチーにはこの他、筋内に炎症が起こる病気である炎症性ミオパチーがあります。その方がわかりやすいので以下筋炎と呼びます。広い意味の筋炎には外から細菌などが感染して起こるものも含まれますが、実際に頻度が多く重要なのは膠原病のグループに属する多発性筋炎や皮膚筋炎などです。
筋ジストロフィーには多くの種類があります。遺伝形式や、障害されやすい筋の分布、発見 者名、随伴症状などにもとづいて分類・命名されており、歴史的な経緯もあってやや複雑です が、代表的なものに以下のような病型があります。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーの原因となる遺伝子はX染色体上にあり、劣性遺伝形式を示す男児の疾患です。女性は2 本のX染色体のうちの1 本に異常があれば保因者となります。出生男児のほぼ4000 人に1 人に発生し、その3 分の1が突然変異によるものといわれています。2 歳から5 歳頃に起立、歩行の不安定性が目立つようになり、診察をうけるきっかけになることがあります。具体的には、同世代の子供と比べ、かけっこが遅い、ジャンプができない、頻繁にころぶなどの症状が初期にみられます。診察では、手足のつけねに近い部分、すなわち近位筋の筋力低下がみられ、特に腰の周辺の筋力低下の症状として、立ち上がるときに膝などに手をつく(登攀性起立)、歩行時に足を挙げる方の骨盤が引き上げられるために、一歩ごとに骨盤が揺れるように見える(動揺性歩行)などの症状がみられやすいです。大腿部に筋萎縮がある一方、ふくらはぎは、やや大きく見え、しかもさわった感じがほかの筋に比べてやや固い感じがすることが多く、仮性肥大と呼ばれています。腕の近位筋の筋力低下もみとめられます。肩胛骨周囲の筋萎縮により、肩胛骨が浮き上がるように見え、腕を前に上げるとそれが目立ちます。このとき肩胛骨がちょうど背中についた羽根のように見えるので翼状肩甲とよばれています。さらに症状が進行するにつれて関節の動きが固くなり制限されるようになります(関節拘縮)。足関節ではこのため踵が床に着きにくくなり、常につま先立ちの状態となって姿勢の不安定性に拍車をかける結果になることがあります。症状は次第に進行し、10歳代の中盤で移動に車いすを使用する必要が出てきます。10歳代の後半には呼吸筋の障害のために呼吸不全となりやすいです。また程度は様々ですが、心筋障害による心不全や不整脈を合併する例があります。またごく一部の患児では脳の発達の遅れがみられることがあります。
ベッカー型筋ジストロフィーでは、デュシェンヌ型と同じ遺伝子に異常が存在しますが、変異の仕方に違いがあり、症状の性質は類似していますが程度は軽いのです。発症は青年期のことが多く、進行は遅く、車椅子を必要とする時期も成年期以降であることが多い。
我が国で発生する先天性筋ジストロフィーの大部分は福山型と呼ばれる病型で、これに対して欧米では異なる病型が一般的です。福山型にも重症度の面でかなりの多様性があることが明らかになっています。しかし多くの例では生まれた時から筋力低下が明らかで、歩行に至るまでの運動発達がはみられないことが多い。これに伴ってしばしば関節拘縮を早期からみとめます。また脳の先天的な形成過程の異常を伴うことが多いため、知能障害の頻度が高く、けいれん発作を伴うものも少なくありません。男女ともにみとめられ、常染色体性劣性遺伝を示します。
肢帯型筋ジストロフィーは単一の疾患ではなく、類似の症状を呈する多数の疾患からなる疾患群です。症状とは主として青年期から成人に発症する近位型の筋萎縮で、緩徐に進行性です。しかし例外も多く、幼児期から発症する比較的重症例から、血清CK 値の高値を示すのみでほとんど無症状の例まで中高年にいたる例まで、きわめて多様です。肢帯型には、現在までにある程度病気の成り立ちがわかっているものだけでも約40 にのぼる異なる疾患があります。遺伝的には常染色体性劣性遺伝のものが大部分ですが、少数の優性遺伝型のものが我が国でも報告されています。劣性遺伝形式の中で頻度的に多いのはカルパイン3の遺伝子異常と関連づけられている2A 型とジスフェルリンの異常を伴う2B型で、この二つの病型で過半数をしめるといわれています。ジスフェルリンの異常を伴うものの一部に遠位型を主とする筋萎縮を示す例があり三好型遠位型筋ジストロフィーと呼ばれています。
この病型では主に顔面筋と腕の肘から肩にかけての上腕の諸筋、および肩胛骨周辺の筋萎縮と筋力低下が見られます。進行すると下肢にも筋力低下が及びます。常染色体性優性遺伝を示しますので、親子間の遺伝がみられます。
筋強直現象というのは収縮した筋の弛緩が素早くできないため、手足の動きが障害される現象です。一番わかりやすいのは手を握ってげんこつを作った後、急に手を開こうとしても、時間がかかってしまう現象がみとめられる時です。筋強直性ジストロフィーでは、この筋強直現象と筋萎縮、筋力低下が同時に見られ、患者さんの動作を障害します。それに加えて本症では全身にいろいろな異常が合併しやすい特徴があります。それは糖尿病や胆石、白内障、心臓の不整脈、前頭部のはげやすい傾向などです。筋萎縮は徐々に進行します。この病気も常染色体性優性遺伝を示し、また親よりも子供で発症する年齢が若くなる傾向がある事が知られています。
頻度が低く一般的には見られない筋ジストロフィーには以下のようなものがあります。眼咽頭型筋ジストロフィーでは名前の通り眼と喉の筋が障害され、眼瞼下垂、眼球運動障害、嚥下や発語の障害が見られます。常染色体性劣性遺伝と、同優性遺伝の家系が知られています。エメリー・ドライフェス症候群はX染色体性劣性遺伝をとり、骨格筋の萎縮と、肘や首の関節拘縮、および心臓の不整脈(心伝導障)をおこします。
骨格筋を組織化学的な方法や電子顕微鏡によってくわしく調べることができるようになって以来、特徴的な病理所見を示すミオパチーの存在が次々に明らかになりました。代表的なものには、筋内にネマリン小体と呼ばれる構造の出現するネマリンミオパチー、筋線維に内在核が多く出現する中心核ミオパチー、セントラルコア病などがあります。一般的には小児期から発症する、進行が目立たないミオパチーが多いのですが、大人になってから症状が明らかになる例も少なくありません。
筋内に炎症が起こる病気が炎症性ミオパチーです。そのほうがわかりやすいので以下筋炎と呼びます。筋炎には外から細菌などが感染して起こる感染性のものも含まれますが、臨床で実際に頻度が高く、重要なのはリウマチなど膠原病とよばれる病気のグループに属する多発(性)筋炎と皮膚筋炎などです。筋炎の中には他の膠原病の症状の一部として発生するものがあります。混合性結合織病や全身性強皮症、全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、シェーグレン症候群、およびいろいろな血管炎に合併する筋炎が知られています。さらに、皮膚筋炎が悪性腫瘍に合併しやすいことから、悪性腫瘍にともなう筋炎を別な種類の筋炎として分類しています。まれな筋炎の中にウイルス感染に伴うものがあり、HIV感染に伴うものや、ヒトT 細胞白血病ウイルス1型 (HTLV1)感染に伴うものも知られています。
英語でpolymyositis ですが、日本語訳として多発筋炎と多発性筋炎の両方が使われいます。
成人で発症する筋力低下で明らかな遺伝性のない患者では、常に多発筋炎の可能性を考えて検査を進める必要があります。この病気の始まり方は様々で、一般的には数ヶ月の経過で徐々に近位筋の筋力低下が起きる例が多いのですが、発病後数週間のうちに歩行が困難になり、呼吸さえ困難になる急性型から、数年にわたりゆっくり進行する慢性型まであります。一部の例では関節痛や発熱などの全身症状をともないます。嚥下障害を伴う例があり、また病初期から筋痛が強い例もあります。血液検査では障害された筋から血液に漏れ出すタンパク質の一つである血清CK 活性の増加が明らかな例が多く、高い例では1 万国際単位をこえ、このような例では褐色尿を示す場合もあります。極めて重症の例では呼吸不全に至って、補助呼吸を必要とする場合があります。
筋症状については多発筋炎と本質的な差はありませんが、様々な皮膚症状を伴うものを皮膚筋炎と呼んでいます。症状にこのような共通点はあるものの、病気の成り立ちについては本質的な差があると考えられています。皮膚症状の典型的なものとして、上まぶたにすみれ色を帯びた赤色の着色がみとめられることがあり、これをヘリオトロープ疹とよんでいます。また、指先や、指の関節の背面、肘や膝の伸側に小さな水疱をともなう赤みを帯びた皮膚変化が出現し、時間がたつとともに黒みを不規則に伴う場合があります。これをゴットロン兆候と呼びますが、いずれも本疾患に高頻度にみとめられ、診断的に重要です。
皮膚筋炎には全身疾患の側面があります。高頻度に間質性肺炎と呼ばれる肺病変を合併し、これを早期に発見して適切な治療を開始することは、生命予後の観点から重要です。間質性肺炎はしばしば重篤な経過をたどり、短時日のうちに呼吸不全をきたして致命的な結果に至る場合があるからです。また皮膚筋炎ではしばしば悪性腫瘍の合併がみられることがあります。
中年から高齢者に発生する炎症性筋症では、しばしば筋炎に対する一般的な副腎皮質ステロイドなどによる免疫治療が無効です。このような例の筋組織を観察すると、筋線維の中に空胞がみとめられ、さらにその空胞の近傍に線維構造を示す封入体と呼ばれる異常な構造が認められます。この疾患の本態は十分解明されていませんが、他の筋炎では有効な免疫治療が無効である例が多いという意味で、早期に正確な診断をつける必要がある疾患です。
筋が何らかの代謝障害によって障害を受けた結果発生するミオパチーを代謝性ミオパチーと呼びます。
糖原病は先天的な酵素欠損により組織にグリコーゲンが蓄積される病気の総称です。現在8つの病型が一般的に知られていますが、そのうちのII 型(アルファグルコシダーゼ欠損:ポンペ病)、III 型(デブランチング酵素欠損)、V 型 (筋ホスホリラーゼ欠損:マッカードル病)、VII 型(筋ホスホフルクトキナーゼ欠損:垂井病)、VIII 型(ホスホリラーゼキナーゼ筋サブユニット欠損)で筋の症状がみとめられます。II 型では小児型と成人型ともに筋ジストロフィーに類似した進行性筋力低下、嚥下障害と呼吸困難を示します。V,VII 型では運動時の筋痛や易疲労性による運動不耐性が見られます。V型では運動中に急に症状の軽減するセカンドウインドと呼ばれる現象が知られています。VII 型ではこの現象は見られませんが、溶血の亢進がみとめられます。
ミトコンドリアは細胞のエネルギー産生をになう重要な細胞内小器官ですが、独自のDNAを有し、このDNAは核DNA とは別に母子遺伝することがあります。このミトコンドリアDNAの変異と多様な神経・筋症状を結びつけて確立された疾患グループがミトコンドリア脳筋症です。ミトコンドリアの分布の広さを反映して、ミトコンドリア脳筋症の病型は多様です。なかでも代表的なものとして、進行性外眼筋麻痺、ケアンズ・セイア症候群、メラス(MELAS:mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis and stroke-like episode の略称)、マーフ(MERRF:myoclonus epilepsy with ragged-red fibers の略称)などがあります。症状は多岐にわたりますが、ミオパチー、眼の動きの障害、手足の失調症、てんかん発作、脳血管障害に類似した麻痺などが認められます。検査として、筋内に異常なミトコンドリアが観察できることがあり、筋生検でこれを探したり、ミトコンドリアDNA の解析をすることで診断できます。
元気だった人で突然手足の力がはいらなくなり、歩くことができなくなる病気はいくつかありますが、周期性四肢麻痺はそのうちで代表的な病気です。日本で発生するものの大多数は低カリウム血症をともなう低カリウム性周期性四肢麻痺です。さらにそのなかでも多いのは、甲状腺機能亢進症に伴うもの、アルコール多飲や漢方薬、利尿剤によるもの、さらに食物の摂取不足や下痢によるものなどです。欧米では高カリウム性、正カリウム性、低カリウム性の周期性四肢麻痺に家族性のものがかなり報告されていますが、日本では比較的頻度が低くなっています。
甲状腺は筋疾患とは密接な関連があります。先にのべた甲状腺機能亢進症に伴う低カリウム性周期性四肢麻痺以外にも、甲状腺機能亢進症にともなうミオパチー、甲状腺機能低下症に伴うミオパチーが知られています。後者では血清CK 活性が高値を示すことがあります。また慢性甲状腺炎に多発筋炎や重症筋無力症が合併することがあります。
糖尿病にはいろいろな神経症状が合併しやすいのですが、筋に関しては糖尿病性筋萎縮症がおきることがあります。これは主として神経原性の筋萎縮により発生し、さらに代謝性の筋障害が加わった状態と考えられます。
クッシング病やクッシング症候群では筋萎縮を合併することがあります。