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2020/07/12

◎津軽の旅 2006 (2)◎

| by patho

駅前に戻ったのは3時近くになっていたのでランチができる店はあまりない。無駄に彷徨っていてもいかがなものか、ということで、すぐ目に留まった食堂に入ってみた。土地の者ではないので、何かおすすめはありますか?と聞くと、店のおばちゃんが自嘲気味に、こっちはあんまりね〜のさ、けの汁くらいしか、と言って写真つきのメニューを見せられた。けの汁って何?? けの、ということは、ハレじゃなくて、ケの汁?? つまり、ハレの日のものじゃなくて、普通の日常生活の中の、普通の汁?? 写真の中には何やら野菜の細切れみたいな具が沢山入っているスープのようにも見えるのだから、特別なものじゃなさそうだ。でも、こんなものしか、と言うのだから、なんぼのものなのだろう、ということで、けの汁定食を頼んでみた。あとで調べてわかったことだが、けの汁は、野菜・根菜やこんにゃくの細切れのごった煮スープということであって、ケの汁、ではなく、米が貴重だったころの、米代わりのお粥、つまり、粥の汁、縮まって、けの汁、だそうな。醤油ベースでも、味噌ベースでもいいようだ。つまりこれって、ミネストローネとか、ズッパベヌデューラといった、イタリアや南フランスの田舎料理のスープとおんなじである。どこの人でも同じようなことを考えるのだな〜、と妙に感心していると、連れが呟いた。「これって、豚肉の入ってない豚汁じゃない?」 まあそうかもしれないが、津軽版ミネストローネとして理解するのがいいのだろう。


八甲田丸、そして、けの汁に触れて、夕刻奥羽線で弘前に戻った。7時過ぎていて少し雨が降っていた。もちろん陽は落ちている。そうとなれば、やっぱり、何かで身体を温めなければと思うのは、普通の生理的な欲求であり、さっそく、ホテル近くの居酒屋の暖簾をくぐってみた。久しぶりの土地で、おまけにふらりと入ったわけなので、特別の思い入れはなかったが、結果としては、次の夜も利用させてもらうことになる、とても居心地のよい店だった。
炉端を囲むコの字のカウンターに、小さな小上がり。奥には大将が黙々と作業し、カウンター越しの炭焼き場には、若いお兄ちゃんが一人。そして、厨房とホールを行き来する見習いのお兄ちゃんがひとり。小さい店とはいえ、繁盛しているのでスタッフ3人じゃちょっときついのではないかとぼんやり見やっていたが、休むことなく、無駄口きくわけでもなく、返事はハイ!はい!っと、てきぱききびきび、本当に気持ちのいい仕事っぷりだった。


まずは、貝焼味噌を頼んでみた。これは、おおぶりのホタテの貝をお皿にして、ホタテをひとつ真ん中に置いて、溶き卵と味噌味の出汁を入れて、ネギをまぶして炭火で半熟状に焼いたもので、あつあつの卵とホタテを、ふ〜ふ〜しながら、ビールで楽しむ定番メニューだそうだ。一つ100円。ホタテも立派で、とても気に入った。
さて次にイカの丸焼き。これは何の変哲もない、イカの炭火焼きだ。と思っていたが、さすが、新鮮なイカが入手できる土地柄である。イカの中には腑がそのまま入っていて、それ丸ごとの炭火焼きであった。イカの身もコリコリしていて美味しかったが、火が通って湯気のでている腑と一緒に食べるイカ焼きは、およそ東京では無理だろう。東京では、どう考えても鮮度は落ちているので、腑が入ったままのイカ焼きなんかがでてきたら、却って大丈夫かと心配になるところだが、弘前の夜、テキパキキビキビとした手つきで目の前で焼かれたイカの丸焼きは、とても愛おしく思えたわけだ。(続く)



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