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2020/07/08

◎函館下宿物語(3)◎

| by patho

雪の季節になってくると、二重窓の外側の窓の立て付けが悪くなっていて、当然のように隙間が形成され、その周囲に雪の吹きだまりができてしまう。家の中に雪が積もるなんて、初めて経験した。当然寒い。だが、ストーブがない。あるのは、600ワットの電熱器だけである。南部鉄器の小さな急須があったので、それでお湯を沸かして、なんとなく暖かいような気持ちになるわけだが、すぐに冷えてしまう。なので、冷える前に沸いたお湯を飲んでしまえばよいと思い、中にお茶っ葉を放りこんで、お茶で体を温める。そんな生活をしていたわけだが、緑茶の葉っぱを入れるのに、いつもほうじ茶になって出てくるので、なんか変だな〜と思っていたわけだ。

ある日、茶っ葉を切らしたので、仕方なくお湯だけを飲もうとして、愕然とした。茶っ葉を入れなくても、ほうじ茶、なのである。なんで?と思って、飲んでみたところ、鉄臭い。なんだ、南部鉄の錆びをずっと飲んでいたのか。鉄欠乏性貧血にはいいのかもしれないが、若い男には関係ないし、鉄を飲んだからと言って、鉄人になれるわけでもないし、少しは体重が重くなったかって、なるわけない。南部鉄器の急須を見ると、いつも思い出すのは、あのときの鉄の臭い、である。

風呂は使わせてもらえなかったので、歩いて5分くらいの銭湯にときどき通っていた。ときどきが何日おきか忘れてしまったが、金もなかったので、そんなに頻繁にいくわけには行かなかった。とにかく、ひもじかったので、金があるのならば、何か食べたかったし、寒い季節になると、下宿に戻ってくるころには体が冷えてしまっていたので、億劫になっていたのだ。下宿の部屋の机の前においた電熱器は、冬ともなれば、暖房代わりに使っていたが、夜中になって、大家さんも下宿人も寝てしまわないと、ブレーカーが落ちてしまうので、寝袋に足から腰までつっこんで、上はアノラックに毛糸の帽子、という格好で過ごしていた。南部鉄器で鉄を飲んでいたのも、そんな深夜の一コマである。


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