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脳腫瘍
はじめに

神経組織は外胚葉由来であり、中枢神経組織は神経管から、副腎髄質を含む末梢の神経組織は神経管の両側に形成された神経堤から発生する。神経管の内腔に存在する細胞は神経上皮細胞(neuroepithelial cells)または髄上皮細胞(medullary epithelial cells)と呼ばれ、多分化能を有する神経幹細胞に相当する。

中枢神経組織の実質から発生する腫瘍は神経管由来であるので神経上皮腫瘍と総称する。神経膠腫(または膠腫、グリオーマ)という用語は、神経上皮性腫瘍と同義に使われることもあるが、一般的には星細胞などの膠細胞由来の腫瘍に限定して用いられる。

本稿では成人の脳実質内腫瘍のなかでも、日常の診断業務で遭遇する可能性の高い成人大脳半球の神経上皮腫瘍、特に膠腫とその鑑別について解説する。なお、脳室内腫瘍は第一部で扱う。

脳腫瘍全般の特徴として、顕著な年齢依存性と部位依存性が挙げられる。神経上皮腫瘍は成人では大脳半球に好発し、小児では約2/3がテント下に発生する(表1)。また、浸潤性の神経上皮腫瘍では同一組織内でも組織所見や悪性度が大きく異なることが少なくない。このことは採取される検体の部位や量によって、診断の精度が大きく変わることを意味する。例えば組織が低悪性度腫瘍の所見でも画像が悪性を示唆している場合には、検体が適切に採取されていない可能性を第一に考慮すべきである。病理診断に際しては、年齢、発生部位、画像所見など最低限の臨床情報を得ておくことが重要である。

表1 神経上皮性腫瘍の枠組み(WHO20071)、取扱い規約第3版2)より改変)
主に大脳半球に発生する腫瘍
1. 星細胞系腫瘍
  1. (ア) 限局性星細胞腫
  2. (イ) 浸潤性星細胞腫
2. 乏突起膠細胞系腫瘍
3. 神経細胞系および混合神経細胞・膠細胞系腫瘍
4. その他の神経上皮性腫瘍
脳室内や脳室周囲に発生する腫瘍
1. 上衣系腫瘍
2. 脈絡叢腫瘍
松果体部や小脳の腫瘍
1. 松果体部腫瘍
2. 胎児性腫瘍

神経上皮腫瘍では悪性度分類の前に腫瘍、非腫瘍の鑑別が問題となることが少なくない。正常の脳実質と比較して細胞密度が上昇しているか、細胞の集簇がみられるか、核異型はあるか、病変は単調か、多彩か、などが手掛かりとなる。腫瘍性の星細胞は浸潤部では裸核であることが少なくない。一方、反応性星細胞は豊かな胞体と細胞突起を有し、大きさの揃った細胞が均等な配列を示す。異型細胞にKi-67やp53の陽性反応を認めた場合には腫瘍性を示唆する有力な手掛かりとなる。

膠腫は間質への浸潤傾向が強く、浸潤先で軟膜下、血管周囲、神経細胞周囲などに集簇して特有の組織構築を呈する。これを膠腫の2次構築(secondary structures)と呼ぶ。全ての膠腫に起こりうる現象であるが、浸潤性の強い星細胞系腫瘍や乏突起膠腫で顕著である。Secondary structuresの存在は、病変が反応性ではなく腫瘍性であり、また、浸潤性膠腫であることを強く示唆する。また、浸潤部では背景の神経細胞や軸索突起が比較的良く保持される。充実性の腫瘍組織の中に巻き込まれた(entrapped)神経細胞をみることは稀ではない。

WHO分類の悪性度(grade)とは生物学的悪性度であり、過去のデーターに基づいて算出された予後の期待値である。悪性度は個々の症例毎に判定するものではなく、診断名にあらかじめ付与されているものである。

Grade Iとは過誤腫を含めた真の良性病変を意味し、切除のみで予後良好な腫瘍を指す。神経上皮腫瘍では例外的である。また、便宜的にgrade I/IIをlow grade、III/IVをhigh gradeとする分類は広く用いられているが、浸潤性膠腫の場合、grade IIであっても現時点では真の治癒は期待できない。浸潤性神経上皮腫瘍は本質的には悪性腫瘍考であることを念頭に置く必要がある。

神経上皮腫瘍の悪性度分類は星細胞腫に準ずる。しかし、組織学的悪性度と生物学的悪性度の相関が確立されているのは星細胞腫のみで、乏突起膠腫や上衣腫では相関が不良である。星細胞腫では明らかな退形成性に有意な核分裂像があればgrade III、壊死あるいは微小血管増勢があればgrade IVとし、両者がない病変をgrade IIとする。血管増勢は内皮細胞増勢と呼ばれていたが、増殖しているのは内皮ではなく血管壁の平滑筋細胞や周皮細胞であることから、微小血管増勢という用語に変更された。また、原則的に壊死の種類は問わない規約となっている。Ki-67標識率は参考値に留めるが、5%以上はgrade III相当とされる。

Glial fibrillary acidic protein (GFAP)

膠細胞の中間径フィラメント(グリア線維)を構成する分子量56kDの細胞骨格蛋白。星細胞、上衣細胞、下垂体γ細胞などに含まれる。星細胞系腫瘍、上衣腫では陽性となるが、必ずしも腫瘍細胞の全てが陽性になる訳ではない。 S-100 protein:カルシウム結合性の低分子酸性蛋白。主に神経外胚葉由来の細胞の細胞質と核に含まれる。神経上皮腫瘍、シュワン細胞腫、メラノーマに加え、軟骨系、脂肪系腫瘍などにも陽性となる。GFAPが陰性の場合に膠腫の同定に有用である。

Neurofilament proteins (NFP)

神経細胞の中間径フィラメントであるニューロフィラメントを構成する主要な蛋白で、低、中、高分子の3つの蛋白がtripletを形成している。側枝を有し、低分子蛋白は主幹部に、中・高分子蛋白は側枝部分に存在する。通常、軸索は全ての蛋白を含み、リン酸化を受けている。胞体や樹状突起では高分子を欠き、非リン酸化状態で存在することが多い。腫瘍では全ての蛋白が発現されていることが多いが、その程度は様々である。

Synaptophysin

シナプス小胞の膜に局在するカルシウム結合性の糖蛋白。副腎髄質、下垂体、膵などの神経内分泌細胞にも見られる。腫瘍では下垂体腺腫、膵、甲状腺などの neuroendocrine carcinomaに広く反応が見られる。Synaptophysinは膜蛋白であるので、細胞質に陽性になる場合には強染と判断する。通常は細胞膜か細胞膜周囲が陽性となる。灰白質組織に浸潤している場合には、灰白質組織の反応と区別できない。

Epithelial membranous antigen (EMA)

細胞膜上に存在する糖蛋白の分子群で、複数の抗原からなる。様々な上皮細胞(特に腺管細胞の表面など)に検出される。膠腫は陰性であるが、上衣腫や上皮様の分化を示した場合には陽性になる。

Cytokeratin

上皮性細胞の中間径フィラメントを構成する複数の蛋白の総称。高分子量のものは主に扁平上皮に、低分子量のものは非扁平上皮に含まれることが多い。

Vimentin

間葉系細胞の中間径フィラメント。非上皮性腫瘍の基本的なマーカーであるが、幼弱な外胚葉組織にも発現している。神経上皮性腫瘍では陽性になることが少なくない。

Ki-67(MIB-1)

細胞増殖周期の主にG1、SからM期までの細胞の核内に認められる抗原で、細胞増殖能の指標として利用される。MIB-1は抗Ki-67抗体のうちのクローンのひとつである。

Phosphohistone-H3 (pHH3)

ヒストンH3は染色体を構成するヒストン蛋白の一種で、核分裂前期から終期の間にリン酸化される。抗p(リン酸化)HH3抗体は形態学的に核分裂像と鑑別が難しいアポトーシスには陰性であるので、核分裂像を迅速かつ特異的に同定できるマーカーとして有用である。